☆懺悔☆


3年前、父は命の期限が見えた時、延命措置を自ら拒否しました。家族として、私は父の意思を尊重し、父は死を受け入れて逝きました。
しかしあれは家族を想っての判断だったのではないかと、今更ながら思います。
父が介護になっていたら、今頃どうなっていたか分かりませんが、今働かせて頂けているのは、余程の幸運なのではないか。
少しくらい大変でも、必要とされて貢献できる場があるなんて、余りある幸せなのだと、痛感しました。
明日から授業。人事を尽くします。
※4年前の投稿

私の後悔を公開します。
書いていたら懺悔になりました。
4年前の投稿を振り返ってのコメントです。
以下。

職場のアスベスト被害で、長らく肺を病んでいた父。末期は本当に辛そうで。モルヒネの投与には父も同意したため、後妻の反対を押し切り、私も同意。ただし呼吸器を付けないで逝ったのは、さぞかし辛かっただろうな…

父はまだ話せる時に、私に謝ってきた。何で謝る?あなたは悪くない。あなたは善い父だった。親の離婚のせいで私は受験に失敗したかもしれないけど、その後あなたが頑張っていたことを、私は1番知っている。

私こそ、ありがとうをいえなくてごめん、結婚式挙げなくてごめん、子ども産んでからも後妻が嫌で、ろくに帰らなくてごめんなさい。

そして父は、そんなありがとうを言えなかった私の代わりに、ありがとうを言った。それが肉声を聞いた最後だった。

父は家族を想い、延命しない道を選んだ。少しでも家族にお金が残るように。後妻が余分に持っていかないように。

父亡き後、後妻は消えた。弁護士を使って父の遺産は取り戻した。弁護士代は、必要経費。

今度の命日は、父を参ろう。私の中の罪悪感に、きちんと向き合わないと。

そしてきちんと、ありがとうを伝えようと思う。
きちんと前を向いて、進んでいけるように。

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